あさっての広ちゃん – 元山口組組長代行にして「山一抗争」の首謀者 一和会・山本広会長のあだ名に見るヤクザの言語センス

   2015/10/30

「煽り」として絶妙な完成度を持つ “あさっての広ちゃん”

山本広 元三代目山口組 組長代行

名古屋の弘道会系と神戸の守旧派の対立から「神戸山口組」が爆誕したり、恒例のハロウィンを中止したりと、最近何かと世間を騒がせている山口組。

山口組が毎年恒例“ハロウィーン”中止

今年の分裂騒動を遡ること29年前、同じく山口組から分裂して誕生したヤクザ組織がありました。

その名を「一和会」。

後に「山一抗争」と呼ばれ、一和会側に死者19人、負傷者49人、山口組側に死者10人負傷者17人、警察官・市民に負傷者4人を出した史上最悪の抗争事件を起こすことになるこの組織のリーダーが、元三代目山口組組長代行を務めた故・山本広でした。

今回紹介したいのは、この恐るべき抗争事件の首謀者である大物ヤクザに付けられた“意外なあだ名”について。

しでかしたことや経歴・肩書きからは想像もつきませんが、山本広は山口組時代、武闘派最高幹部の間でケジメの付けられない男として「あさっての広ちゃん」と呼ばれていたというのです。

筆頭の若頭補佐という最高幹部にありながら、
松田組との大阪戦争に対して消極的であるばかりか、
田岡がベラミ事件で殺されかけ、対等の手打ちなどありえないのに、
田岡の発言を曲解して、率先して手打ちに奔走した事

大阪戦争中に絶縁された前若頭補佐「ボンノ」こと菅谷政雄が、
絶縁後も引退も菅谷組の解散も拒否していた際に、
ケジメ(菅谷への解散・引退の説得もしくは菅谷の殺害)をつける
役回りでありながら、それを拒否した事、が原因として挙げられる

その大きな失点により、田岡、竹中ら武闘派最高幹部の中では、
ケジメを先送りに伸ばし、口癖が「2~3日待て」だった為
「あさっての広ちゃん」と揶揄され、
「山広は難局がふりかかると、組織を解散させかねない男」
という烙印を押された

引用:山口組三代目組長代行 一和会会長 山本広とはどういう男なのか?

どうでしょう、このセンス。

決断力のなさをピンポイントで揶揄する着眼点、先延ばしする2~3日を「あさって」と言い換える言語センス、親しみの中にも侮りを印象付ける「ちゃん付け」。煽りのあだ名としての完成度は相当高いんじゃないでしょうか。

山一抗争の両TOP

思えばヤクザは常に暴力に訴えるわけではなく、その “シノギ” のほとんどは高い交渉力を要するものがほとんど(その交渉を有利に進めるために暴力を背景として利用するわけですが)。

ヤクザ社会のトップたちは、同時にトップレベルの言語センスを持っていても不思議ではないのかもしれませんね。

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